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わが人生わが出会い
「柿の木文庫」創設者・志村妙子さんに聞く
志村妙子 守谷信二 著
東京都町田市の子どもたちに、絵本や物語の面白さを伝えて40年。
公民館の講座から始まった「60歳の青春!」
100歳を迎える志村妙子さんを、東京都町田市の図書館に勤務していた司書の守谷信二さんが、ロングインタビューしてまとめた一冊。
<概要>
志村さんは、二十歳で郷里の群馬県勢多郡東村(現・群馬県みどり市東町)から鶴川村へ、国民学校の訓導(小学校の教諭)として赴任。新米教師として、ひたむきに子どもたちと向き合う日々を送っていた。
着任して3年目、研修のためたまたま宿泊していた下町の親戚の家で、1945年3月10日未明の東京大空襲に遭遇する。地獄絵のような惨状の中を九死に一生を得て敗戦を迎えるが、戦後の混乱期を経てもっとも心を痛めたのは、ろくに授業らしい授業も受けさせてやれなかった子どもたちへの思い。戦時中の軍国教育に対する贖罪として、戦後は教師仲間とともに、毎朝子どもたちに絵本の読み聞かせをするようになる。
27歳で、縁あって地元の農家の長男と結婚するが、まもなく夫は結核に侵され、長い闘病生活を強いられる。教師を続けながら、慣れない農作業、病夫の介護、子育てに苦闘する中、何かと相談に乗ってくれたのは、隣の寺に疎開していた歌人で、のちに名著『残された奥さん』(日本YMCA同盟出版部 1957年)の著者となる神戸照子さんだった。
そして、定年退職後にようやく訪れた「60歳からの青春!」。
公民館での講座・学習活動を通じて出会った被爆者や障害を持つ人々との交流が、志村さんをさまざまな社会活動に駆り立てていった。子どもたちにお話や本の面白さを届ける「柿の木文庫」の活動もそのひとつ。志村さんは、自宅を開放してすでに40年近く続けている、
<編者略歴>
守谷信二
1952年東京生まれ。1975年、町田市役所入職。市立図書館へ配属後、約30年間図書館職員として勤務。この間、通信教育にて司書資格取得。図書館職員とし町田市民文学館の開設準備に従事。市民文学館館長、市立図書館館長を歴任。町田の図書館活動をすすめる会会員。
<目 次>
はしがき
1.寺の娘に生まれて
2.教師となって鶴川国民学校へ
3.東京大空襲と終戦
4.結婚前後
5.夫の長引く闘病生活と農家の長男としての苦悩
6.公民館の講座から始まった「60歳からの青春!」
7.「柿の木文庫」と共に
8.優しかった父母の面影
【注記】
志村妙子さんのこれまでの歩み