先日、調布パルコで水木しげる先生の生誕100年のイベントをやっていた。
水木先生は結婚後に調布に移住して、以後ずっと調布でマンガを書いていた。このことは、ドラマ「ゲゲゲの女房」で描かれていた。
ロシアとウクライナの戦いが始まっていたので、水木先生の年表を見ていて、太平洋戦争について想いを馳せた。
先生は、ラバウルにいってとても苦労された。先生のいた部隊は玉砕命令をうけたが、辛くも生き延びている。
その後、負傷して片腕をなくし、マラリアにかかり死にそうになるなど、壮絶な体験をされている。
生前、テレビのインタビューで「最近、自殺する人が多いのですが、そういう人たちをどう思いますか?」という質問に、
「死にたい人は死ねばいいんじゃないですか」と平然と答えていたことが思い出される。
そんなコメントは、他の人にはできない。
壮絶な戦争体験から生き延びた先生にしか、言えない。
先生は「命」の尊さをだれよりも分かっているのだ。
多くの戦友を亡くした無念さもあるのだろう。
その言葉を発しながら、先生の表情は硬いままだった。
何度も何度も戦いの歴史を繰り返す世界。
水木先生が生きていたら、どんなことを思ったのだろう。
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